#小説
ジュレを別れて、自分の気持ちを持て余しながらうちに帰った。 気持ちのいい別れだった。 なのに、このもやもやとした気持ちは一体なんなのか。 今頃、ジュレはカズンと盃をかわしているのだろうか? 庭に出ると、どこからか今日の国婚礼をレポートするテレ…
風が百日紅の花を揺らし、紅色と白い花びらが重なるようにひらひらと散る。 「いい加減、子供じみたわがままを言うのはよせ。」 シンの言葉が、チクチクと胸を刺した。 子供じみていることなど、よくわかっているさ。 だけど、シンに僕の何がわかると言うの…
ひらり。ひらり。 薄紅色の花びらが緩やかに回りながら落ちていく。 可憐な舞いに、思わず手を伸ばすけど、 僕の掌をかわすように、ふわりとターン。 慌てて追いかけるけど、それらは軽やかに僕の掌をすり抜けて、 ふふふと笑いながら地面に舞い落ちる。 ー…
「子狐」は俺の手を握ったまま、赤いレンガの家に一目散に駆け込む。 カララン。 扉を開けると、呼び鈴と音とともにふんわりと温かい空気に包まれた。 「いらっっしゃいま・・・あ、テソン?」 「ハルっ!アッパは?」 「ああ!!なんだよその格好!ビショビ…
どんよりした雲が広がり、白い綿ぼこりのような雪が空から舞い落ちる。 「ああ・・・。」 鉛が胸にドスンと落ちたように、やるせない気持ちが口から漏れだす。 白いベンチに腰掛けたまま、もうどれくらい経つだろう? このまま石のように心も身体も固まって…
山道を外れ、木々の間を抜けると ザーッと風が吹き抜ける。 空は青く、雲はゆっくりと流れて、 目の前に一面の黄色い斜面が広がっていた。 目に鮮やかな黄色い花の群れ。 たおやかな香りが漂う。 彼女はそれに誘われるように花たちの間を分け入り、 そして誰…
「うう、寒い。」 北風にびゅっと吹かれて、庭の木からなけなしの葉が舞い落ちる。 見上げれば空はどんよりとした雲が覆い、今にも白いものが落ちて来そうだ。 ハルはぶるっと身を震わせると、 箒とちりとりをそそくさと片付け、店の中に入って行った。 「ハ…
さくら、舞い散るー 空を覆い隠すように、無数の白い花が咲き乱れる桜並木の下を、僕は駆けていく。 小さな花びらの踊り子はひらひらと舞い、僕の頭や肩に横たわる。 掌を高く掲げ彼女たちを掬うと、掌の中で恥ずかしそうにフルフルと震える姿が可愛かった。…
冷えた心に温もりが差し込み、ドゥレを抱きしめると大きく息を吐き出す。 そうして僕は、ようやく呼吸ができたような気がした。 がたっ!がたがたっ! 「お、おまえら・・・そこで何をやってるんだっ!」 静かな厨房の扉が突然開いたかと思うと、 ジニョクが…
「ソヌさんっ!」「先生!」 呼び止めても振り返らないソヌの後ろ姿から、 ぴりぴりと張りつめた気持ちが伝わってきて胸が痛かった。 ドゥレは振り返り、ジニョックとスジンをにらむが、 ジニョクは何のことかわからず、キョトンとしている。 「・・・おい、…
スジンが店に来るようになって随分経つ。 このところ頻度が高くて、正直目障りだ。 クスクスとお上品な笑いは、確かに可愛くて店が華やぐけれど、 どこか冷たさを感じて気持ちを逆撫でられる。 彼女の姿が見えると、ソヌは決まって厨房の奥に入って出てこな…
そうは言ったものの、一度できたしこりは簡単には解けてはくれない。 お互いどこか意識してしまって、ギクシャクした空気が流れ、 意思疎通を図ろうなんて、程遠く感じられた。 ドゥレが心配そうな顔でこちらを見るたびに、 「大丈夫だから・・・。」 と言っ…
スジンは一頻りジニョクと話をした後、にこやかに店を後にした。 手を振る彼女の姿が消えるまで、店の外まで出て笑顔で見送っていたジニョクは、 彼女が消えるや否や、「はぁ〜!」と、脱力したようにその場にしゃがみこんだ。 いくら自分の見合い相手だから…
「ごきげんよう。」 少し世間離れした挨拶とともに、1人の女性が入ってくる。 ふわりとした白いレースのワンピース。その上から羽織ったショールは品がよく、 丁寧に編み上げられた髪は、清楚ながら高貴な雰囲気の簪で留められ、 穢れない穏やかな笑顔は、店…
ドゥレは結局それから1週間休んだ。 彼の怪我の具合を考慮して、 ジニョクが翌々日に入っていた仕事をキャンセルしたせいもあるが、 翌日モレから彼が熱を出したと連絡があり、みんな心配していたのに、 それ以降、特に店の誰かに連絡することもなく、全く…
プティフール 「小さな窯」という意味が由来の、 形も味も様々な一口サイズのケーキたちー 「ジニョク」 褐色のチョコレートのコーティングが 艶やかに誘惑するガトーオペラは、 スポンジに浸された香り付けのコニャックが、大人の魅力を漂わせているのに、 …
「ドゥレ、ご飯食べに行こう。」 「いいけど、どこに?」 「ふふふ、いいところを見つけたの。」 「いいところ?」 「いいからいいから。」 ヘインは僕の背中を押すと、地下鉄に乗り込んだ。 「なんだか楽しそうだね。」 何やらニコニコ楽しそうな彼女を覗き…
「へイン。」 「あ・・・はい。」 突然呼ばれて書庫を出ると、 「来ているよ。」 同僚のサラが私を手招きして外国書棚のあたりを指さす。 その方向に視線を移すと、書棚の前で本を読む人影が目に入って意味もなく心が騒いだ。 「・・・ドゥレ?」 「やあ。…
「あの・・・すみません、『詩経解説』っていう本はありますか?」 「あ、その本は今貸し出し中です。」 「ああ・・・やっぱり。すっかり出遅れたぁ。レポート来週提出なのにどうしよう・・・。」 カウンター前で学生が頭を抱える場面は、もう今週に入って…
「何呆けているんだ?」 背後からの声に我に返って振り向くと、サンインがトレーを持って立っていた。 「ヒョン・・・。」 「春だからと言っても、そんな格好でぼんやりしていると風邪引くぞ。ヒマなら1杯付き合えよ。」 彼は僕の隣に座るとトレーを置いて…
「結婚・・・?」 言葉にしてみる。 なんて実感のない言葉だろう。 からかうように軽く受け流したけれど、 突然ジュヒから聞かされたその言葉が、どういうわけかずっと頭の中にこびりついて離れない。 へインとは軽い付き合いをしていたわけじゃない。 だけ…
カララン。 小気味良い音がして、客が入ってくる。 カウンターにうつ伏せになったまま、ちらりと横目でへインでない事を確かめる。 入ってきたカップルが、胡散臭そうな視線でこっちを見たけれど、 「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」 と、1オクターブ…
ちょっと湿り気のある夜風に吹かれながら、店の扉を開けるとカラランと小気味の良い音がして、 その奥から「いらっしゃいませ。」という聞き慣れた声が聞こえた。 声の主は、私の姿を認めると嬉しそうな声で「へイン!」と私の名前を呼び迎え入れてくれた。…
毎年、図書館の春は忙しい。 なんて言っても年度始めだから仕事が多いのだけど、 今年は蔵書の入れ替えが多く、殊更忙しい。 こんな時に、新人の教育をしながらの作業だなんてついていないと思ってたけれど、 「軍でやっていた。」と言ってた通り、大して教…
桜の蕾が膨らみ、殺風景だった道に急に色が差す。 小さな蕾たちが枝に満遍なくついて、開花の時期を待っているから、 木全体が薄い桃色を纏って、 遠くから見ると一瞬咲いているのかと思ってしまうほどだ。 風はまだ冷たいけれど、何となく気持ちが華やいで…
「ジュレ!保育園に行く時間よっ!早くして。」 「ん。もうちょっと。」 モレが玄関先でジュレを呼ぶけれど、彼女は鏡の前で髪の毛と必死に格闘している。 今日は頭の上の方で髪を二つに結んでもらったらしいのだが、 どうもモレのやり方が気に入らないらし…
ようやく完了しました。 ああ、つかれたぁ(^^) スタート当初は、こんなに長くかかるとは思っても見ませんでした。 「メディカルトップチーム」「結婚前夜」「渡韓」「MV」と、 あっちこっち寄り道しまくって、 あれ?未完のまま終わっちゃうかも・・・と、…
彼女はばつが悪そうに苦笑いを浮かべたけれど、 その笑みにはやさしさが溢れていて、 ホッとしたような寂しいような妙な気分に、心がもぞもぞする。 「今は幸せなんだね?」 「・・・そうね、そういうことなのかもね。」 彼女は仕方ないというように眉を顰…
「だからあんたのこと大嫌いなのよ。」 それは彼女の昔からの口癖。 その一言に、彼女の気持ちが込められていたこと、 今ならわかってあげられるのに。 「双子たちは?今はどうしているの?」 「ああ。相変わらずよ。 ま、あいつらなりに頑張って、父さんの…
ことり。 小さな音とともに、芳ばしい薫りが鼻をくすぐる。 我に返ると、目の前で鳶色の深い色をしたコーヒーが白い湯気をゆらゆらと立ち上げていて、 見上げると、ドゥレが忌々しい笑顔で笑った。 「!」 ー本当に・・・こいつは人の神経を逆撫でするのが…