大切なものは心の中に

チュジフン主演「キッチン」を中心とした作品の2次小説書庫です。

ノスタルジア〜終章2〜エピローグ


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ジュレを別れて、自分の気持ちを持て余しながらうちに帰った。
気持ちのいい別れだった。
なのに、このもやもやとした気持ちは一体なんなのか。

今頃、ジュレはカズンと盃をかわしているのだろうか?

庭に出ると、どこからか今日の国婚礼をレポートするテレビの音が聞こえた。
ぼんやりと空を見上げると、満点の星が静かに僕を見下ろしていて、
普段と何にも変わらない夜だと笑っていた。

縁側に腰を下ろしておもむろにポケットからタバコを出して火をつけると、
ひとすじの煙が仄かな光とともに空に上がって行った。

ひと息、深くタバコを吸い込む。
するとなぜか昼間のジュレの紅茶が思い浮かんで胸が詰まった。

「・・・な・・・んで?」

小さなジュレ、小さな手。あどけない笑顔。
こましゃくれた少女のジュレ
急に斜に構えて男前な乙女になってしまったジュレ

つぎからつぎへと彼女との思い出が浮かんでは消えて、
思考回路がコントロールできない。
胸に何かが詰まったように苦しくて、どんどんと胸を叩いた。

「よう、相棒。」

ふと、何かの気配を感じてそちらを見ると、
暗闇に、いつの間にやってきたのかテソンが立っていて、
僕と目が合うと、ニヤリと笑った。

その瞬間。
ざさっと風が庭の萩の葉の間を吹き抜け、
テソンの後ろに見覚えのある幻が見えた。

「あ・・・。」

「お取り込みのところ申し訳ないけれど、僕との約束を覚えているかい?」
「約束・・・?」

「ヘインさんことさ。あなたは言ったよね?
「僕をひっくりめてヘインを幸せにする」って。」

ー僕はね、ヘインが大好きだ。・・・愛している。
でも、それはあなたを愛しているヘインが好きなんだ。
だから、あなたの心をひっくるめて、ヘインを僕にくれないかな?
 
ー遠慮なんかしないで僕の中に入ってくればいい。
こんなさびしいところで眠っていないで、僕の中に入ってくればいい。
僕と一緒に生きよう。
輪廻転生なんか待たずに、僕と一緒にヘインを幸せにしよう。

あの雪の日、あの荒地で叫んだことを思い出す。

「なのになんなのさ。あなたのその体たらくは。
そんな姿を見て、ヘインがどう思うかわからないの?」

「・・・僕は、なにも・・・。」

「なにも?嘘つきだな。
僕が怒っている理由、本当はわかっているんだろう?」
「!」

ーそう。わかっている。

この締め付けられるような胸の苦しさは、独占欲。
父親でも、兄でも、恋人でもない。
だけど何よりも深く強く繋がっていた絆に、甘えていたのは僕だ。
その甘えた心が、ひとりはイヤだと駄々をこねている。

だけど、決してヘインのことを忘れていた訳じゃない。
ただ・・・
彼女はいつだって、月のように静かに僕を見守ってくれていて・・・。

そう思った時、僕は彼女にも甘えていたのだと、気がついた。

「・・・ごめん。」

僕はシャツの胸元をぎゅっと握りしめる。
でも、彼はふぅっとため息をこぼすと、
「本当に素直じゃないな。僕が怒っているのはそんなことじゃない。
あなたが素直じゃないからさ。」と言った。

「頭じゃわかっていても、心がどうしようもないことって、あるよ。
なんで抗うのさ。
そういう気持ちは我慢したって押し込めることなんかできないんだ。
・・・それは僕が1番知っている。」

「・・・。」

「あなたはもっと、自分の心に素直になったほうがいい。」
「・・・。」

「わからない?
泣けばいいんだよ。悲しいんだろう?」
「!」

胸につかえていた何かが、急に込み上げてきて、目頭が熱くなる。
ぽたり。ぽたり。
腿の辺りに暖かい液体が落ちて濡らす。
気がついたら僕目からとめどもなく涙が流れていた。

幻はふぅっとため息を漏らす。

「ほら、肩を貸してやるから。」

そう言って彼は、僕の隣に静かに座った。
そう言って貸してくれた肩はとても小さくて。
でも、その小さな肩に顔を埋めると、その温もりに僕は堪らず嗚咽した。
小さな手が、僕の頭を優しく撫でる。

「・・・代わりに僕がずっとそばにいてやるよ。
だからそれで我慢しろ。」

うん、うんと、僕はただ、頷いた。

「本当に頼りない相棒だよな。全く。」

もはや、それが幻の声なのか、実体のテソンの声なのかわからなかったけれど、
言葉とは裏腹に、彼の肩は優しくて、僕は年甲斐もなくただ泣いた。



いつのまにかテレビの音は消えて、虫の鳴き声が暗闇の中で音楽を奏でている。
夜空には満天の星。
そしていつのまにか、上弦の月が僕らを静かに見守っていた。

「あ、おつきさま。」

テソンの声に空を見上げると、月がくすりと笑ったように思えた。

Fin