cold feet
「へイン。」 「あ・・・はい。」 突然呼ばれて書庫を出ると、 「来ているよ。」 同僚のサラが私を手招きして外国書棚のあたりを指さす。 その方向に視線を移すと、書棚の前で本を読む人影が目に入って意味もなく心が騒いだ。 「・・・ドゥレ?」 「やあ。…
「あの・・・すみません、『詩経解説』っていう本はありますか?」 「あ、その本は今貸し出し中です。」 「ああ・・・やっぱり。すっかり出遅れたぁ。レポート来週提出なのにどうしよう・・・。」 カウンター前で学生が頭を抱える場面は、もう今週に入って…
「何呆けているんだ?」 背後からの声に我に返って振り向くと、サンインがトレーを持って立っていた。 「ヒョン・・・。」 「春だからと言っても、そんな格好でぼんやりしていると風邪引くぞ。ヒマなら1杯付き合えよ。」 彼は僕の隣に座るとトレーを置いて…
「結婚・・・?」 言葉にしてみる。 なんて実感のない言葉だろう。 からかうように軽く受け流したけれど、 突然ジュヒから聞かされたその言葉が、どういうわけかずっと頭の中にこびりついて離れない。 へインとは軽い付き合いをしていたわけじゃない。 だけ…
カララン。 小気味良い音がして、客が入ってくる。 カウンターにうつ伏せになったまま、ちらりと横目でへインでない事を確かめる。 入ってきたカップルが、胡散臭そうな視線でこっちを見たけれど、 「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」 と、1オクターブ…
ちょっと湿り気のある夜風に吹かれながら、店の扉を開けるとカラランと小気味の良い音がして、 その奥から「いらっしゃいませ。」という聞き慣れた声が聞こえた。 声の主は、私の姿を認めると嬉しそうな声で「へイン!」と私の名前を呼び迎え入れてくれた。…
毎年、図書館の春は忙しい。 なんて言っても年度始めだから仕事が多いのだけど、 今年は蔵書の入れ替えが多く、殊更忙しい。 こんな時に、新人の教育をしながらの作業だなんてついていないと思ってたけれど、 「軍でやっていた。」と言ってた通り、大して教…
桜の蕾が膨らみ、殺風景だった道に急に色が差す。 小さな蕾たちが枝に満遍なくついて、開花の時期を待っているから、 木全体が薄い桃色を纏って、 遠くから見ると一瞬咲いているのかと思ってしまうほどだ。 風はまだ冷たいけれど、何となく気持ちが華やいで…
「ジュレ!保育園に行く時間よっ!早くして。」 「ん。もうちょっと。」 モレが玄関先でジュレを呼ぶけれど、彼女は鏡の前で髪の毛と必死に格闘している。 今日は頭の上の方で髪を二つに結んでもらったらしいのだが、 どうもモレのやり方が気に入らないらし…
うららかな春の日差し。 こんな風に窓辺で作業をしていると、うとうとと眠くなる。 「春眠暁を覚えず・・・」 ぼんやり口に出してみる。 はて? そう詠っていたのは、いったい誰だっけ? 「・・・さん。へインさん。」 「・・・は、はいっ!」 意識が朦朧と…