誰がために鐘は鳴る
「チェギョンはどうしたの?」 会議室に、一人で現れたシンに、僕は声をかけた。 「・・・ドゥレ。」 昨日のことで、やや気まずそうな顔でシンは振り向いて、何か言いたそうな顔をしながらも、 「チェギョンは、今日は風邪気味で体調がすぐれないので休ませ…
朝起きると、なんだかよくモノが見えなかった。 瞼が重くて、気持ちが悪いのも全然収まらない。 重い身体を起こして、隣を見るけれど、シンの姿はなかった。 「・・・。」 身体を引きずるようにベッドから起き上って、寝室を出るとチェ尚宮が私を待っていた…
「今日はシンくん・・・遅いね。」 「妃宮さま・・・。」 夕食時に、シンは帰って来なかった。 「今日は夜の公務はないって聞いていたのに・・・。」 なんとなく憮然としながら、一人で夕食を食べた。 一人のご飯は、なんだかとっても味気ない。 誰もいない…
「あ、おかえりなさい。」 浮かない気分で家に帰ると、パタパタと音がして、モレが僕を出迎えた。 「・・・ただいま。」 「ご飯まだでしょう?今、したくをするわね。」 ニコニコと微笑みながらキッチンに向かう姿に、沈んでいた心が浮上して、フッと肩の力…
「何で・・・きみがここに?」 「・・・ドゥレさんこそ。」 僕らはお互いに目を見合った。 一体何が起こっているのかわからなかった。 「知り合いだったのか・・・?」 二人の様子に、驚いたように口を開いたシンの声で我に帰る。 「・・・ええ。」 「彼女…
僕は今、かなり急いでいた。 それは一本の電話だった。 僕はその時、ジュレと幸せな時間を過ごしていたのに・・・。 「僕だ。」 「・・・シン?」 「悪いが、今から出て来てくれないか。」 突然かかってきたシンからの電話に、僕は眉を顰めた。 「これから…
病んだ心を癒すには、いったいどうしたらいいんだろう? 今の僕は完全に迷路にはまっていた。 最初、復帰の手助けをすれば、彼女は立ち直るだろうと思っていた。 僕は、過去の自分の後ろめたさを償うように、彼女に手を差し伸べたけれど、 そんな簡単なこと…
「ご機嫌だね。何かあったの?」 いつものように、窓際の席で頬杖をついて外を見ているヒョリンに、カフェオレを運んでくると、 なんだかとても嬉しそうに微笑んでいて、僕はその顔を覗き込むように彼女の前にカップを置いた。 「え?」 ヒョリンは目を丸く…
とにかくレッスン中はがむしゃらに踊った。 踊っている時は何も考えずにいられたから。でも、踊りをやめた途端、心に靄がかかってしまう。 ―一体私は何をしているのか? ―こんなことをして、何になるのか? ―どうせ・・・帰るところなどもうないのに。 ーい…
「自分の気持ちを正直に言って、シンがどう思ったか聞いてごらんよ。 きみが訊きさえすれば、彼は何でも答えてくれると思うよ。」 ドゥレの言葉を反芻して、ホゥっとため息をつく。 もうすぐシンくんの帰ってくる時間。 今日こそ、聞いてみようかと思ったり…
「もう少し伸ばして。その姿勢!」 「~~~~!」 チェ医師の指示に、堪えられずポーズを崩す。 「大丈夫ですか?」 すると、彼はすかさず駆け寄ってきて、私の足の状態を調べた。 「まだ、この腱に力がありませんね。 無理すると、痛めてしまいそうだ。今…
「決められていた結婚」と言う言葉に、ドゥレは怪訝な顔をする。 ―しかたがないよね。 今までこんな話をしたことがなかったもの。 ・・・本当は、今だって話すべきじゃないかもしれないけれど・・・。 私は小さく息を吐くと、口を開いた。 「そう・・・今で…
「どうしたの?」 ドゥレの声に我に返る。 「え?」 「そんなに見つめられたら、いくら僕でも穴があいちゃうよ。」 私は無言でじーっと彼のことを見つめていたらしい・・・。 「や、やだっ。ごめんなさい。」 「別にいいんだけれど、どこからかシンが飛び込…
机の上に散乱したイギリス関係の資料。 その膨大な量にチェギョンはため息をついた。 「あの・・・オンニ?やっぱりこれ・・・全部に目を通すんだよね・・・?」 「妃宮様、目を通すだけではございません。覚えるのです。」 厳格な口調でチェ尚宮からそう言…
「はぁ。」 窓辺のテーブルを陣取り、カフェラテを飲みながら、深いため息をついた。 「久しぶりに来たと思ったら、何ため息ついているのさ。」 「あ・・・なんだかね、ここのところがぐるぐるしていて・・・落ち着かないの。」 ヒョリンは自分の胸を指して…
「お願いします。」 シンは、深く頭を下げる。 「気持ちはわかるけれど・・・。」 シンの提案は別段特殊なものではなくて、反対する理由もないのだけれど、 その対象者に、すぐ首を縦に振ることに躊躇していた。 「姉上・・・陛下だって、ヒョリンの才能は…
朝のスタジオは、好き。 空気が凛として、窓から入る朝日が美しくて、まるで神聖な場所のよう。 久しぶりの高揚感を感じながら、床に座った。 ひんやりとした冷たさが心地よかった。 いつものようにストレッチを始める。 身体が温まったところで、恐る恐る…
「ヒョリン。」 背後から声を掛けられて、声の主を探す。 すると、いつの間にか私の傍に止まった車の中から、彼が私を見上げていた。 「あ・・・。」 彼は私が気がついたのが分かると、車の扉を開けて「乗って。」と合図する。 そして、私はそれに従うよう…
「シン・・・。」 「ヒョリン?・・・久しぶりだな。元気か?」 名前を呼ばれただけで、胸がキュンとした。 「ええ・・・。本当に久しぶりね。」 なにげない会話をしようと思って、普通の挨拶を交わしただけなのに、 そう言ったっきり、喉に何かが詰まった…
悪魔は、笛を吹きながら気付かれないようにそっと近づき、 目を塞ぎ、耳を塞ぎ、用意周到に罠を張る。 そして、「ほら、おまえの欲しいものはこれだろう?」と、耳元で、そっと甘く囁く。 私はホテルのロビーで、固まっていた。 無料のPC。 時間をつぶすつ…
―ヒョリンが帰ってきた。 大学から帰って来てからも、そのことがずっと頭から離れられなかった。 ミン・ヒョリン。 その名を聞くだけで、胸の奥がチリチリと痛んだ。 シンがプロポーズをした人。 ヒョリンが留学して・・・ シンと心が通い合った今も、その…
「チェギョン。」 「あ、ガンヒョン、いいところに来た~~!」 同じ大学で、同じ学部。 それでも、最近チェギョンと逢える確率はずいぶん低くなった。 全て同じ授業を取っている訳ではないし、 4年生ともなると取得する単位も減って、大学に来る時間も格…
カップを近づけると、淹れたての紅茶のいい香りが鼻をくすぐった。 ドゥレの紅茶の威力はすごい。 コン内官の淹れた紅茶だって、宮の中でも1,2を争うほどうまいと思う。 だけど、同じものだと思えないほど、こいつが淹れる紅茶は香りが際立ち、 その香り…
「・・・もう行かなきゃ。」 ―タイムアップだ。 もう出ないと、仕事に間に合わない。 ヒョリンの表情にありそうで気になったけれど、 それ以上深く突っ込めないまま、僕はヒョリンの部屋を後にした。 聡明で美しいヒョリン。 最初に声をかけたのは、彼女の…
「ヒョリン?」 「・・・え?」 我に返ると、ドゥレが心配そうに私を見ていた。 「まったく・・・。何を考えていたの? 何度も呼んだのに、全然気づいてくれないんだもの。」 私はずいぶんと物思いにふけっていたらしい。 現実に戻っても、心の中は黒くドロ…
「スワンレイク」 -「白鳥の湖」の主役、「オデット」(白鳥)と「オティール」(黒鳥)は、 普通はプリンシバルが一人二役を演じる。 そしてそれは、ロイヤルバレエ団のプリンシバル、アンリ・ジュニエールの十八番だった。 通常なら一人二役でアンリが演…
―シンに逢いたい。 奥底から一度気持ちが顔を出してしまうと、私の心はシンへの想いに支配されてしまった。 何度も携帯を手にしては、ため息をついた。 連絡をしたのは4年前。 ロンドンに無事についたことを空港で彼の留守番電話に入れたのが最後だった。 …
「やあ。」 「ドゥレさん?今日は休みじゃなかったの?」 「うん。だから今日はきみをデートに誘おうと思って。」 「え?」 「何か用事でもあるの?」 「・・・そんなのあるわけないじゃない。」 外をあまり見ようとしない私を、ドゥレは外に連れ出した。 …
「いらっしゃいませ。」 「こんにちは。」 アンティークはとても居心地のいい空間だった。 衝動的に帰国した私には、特に行く場所もなかったし、やることもなかった。 ドゥレに手当てしてもらったあの日、結局私は歩くことができなくて、 彼にホテルまで送…
どれくらいぼんやりしていたのだろう。 一瞬のような気もするけれど、ずいぶん長い時間だったような気もする。 「トントン、シンくん?」 ころころ転がるような声に、現実に引き戻され振り返ってみると、 少し開いた扉の間から、チェギョンがひょっこり顔を…