誰がために鐘は鳴る~6
どれくらいぼんやりしていたのだろう。
一瞬のような気もするけれど、ずいぶん長い時間だったような気もする。
「トントン、シンくん?」
ころころ転がるような声に、現実に引き戻され振り返ってみると、
少し開いた扉の間から、チェギョンがひょっこり顔をのぞかせてこちらを見ていた。
ぶはっ。
その仕草があまりにかわいくて、思わず吹きだしてしまう。
「何やっているんだよ。一体どうしたんだ?」
「シンくん、お仕事終わったかなって思って。」
「ああ・・・今帰ろうと思っていたところだ。」
「本当?よかった~。私も今大学から帰ってきたところなんだよ。
修政殿をちらりと見たら、灯りがついていたからもしかして・・・と思って寄ってみたの。」
チェギョンは部屋の入口に立つと、僕の様子を窺うように首をかしげた。
「へぇ。この時間に来るなんて珍しいな。
本当なら、『お腹が空いた~~。今日のご飯はなんだろう?』って、
一目散に東宮に帰っているはずなのに。」
「もう!たまには一緒にお散歩しながら帰りたいなって思って、迎えに来てあげたのに。
かわいくなんだ!シンくんてば!」
ちょっとからかっただけで、チェギョンは頬を膨らませて、プイッと僕に背を向けた。
―ほら。
そんなすぐにそんな仕草をするから、かわいくていじめたくなるんだ。
僕は拗ねているチェギョンの背後から、首に腕を回すと、
「でも、確かに暗い部屋に一人で帰るのはいい感じはしないよな。」と耳元に囁いた。
チェギョンは振り返ると、僕の胸に顔を埋めて
「そうだよ。「ただいま~。」って言っても、返事が返ってこないのは寂しんだよ。
・・・そりゃ、オンニ達が出迎えてはくれるけれどさ。」と言うと、上目使いに僕を見る。
ちぇっ。
チェギョンの必殺技。
この目で見られたら、いじわるなんかできなくなるんだ。
だから・・・。
「では、手でも繋いで帰りますか?妃宮媽媽。」
そう言って右手を差し出すと、チェギョンは嬉しそうに頷いて、その手を取った。
華奢だけど、柔らかくて温かな彼女の手の感触が愛おしい。
僕はその手を優しく握ると、彼女を連れて部屋を出ようとした。
「あ、ちょっと待って。」
「なんだ?」
チェギョンは僕の手を離すと、デスクに置きっぱなしになった携帯を取って、
「忘れ物。携帯がないと困るでしょう?」と言って振って見せた。
「・・・あ、ああ。ありがとう。」
柔らかな幸せの中から、さっきまで顔を出していた重苦しい気持ちに引き戻された。
携帯電話を見せられたからって鳴るわけではないけれど、心臓が大きく鼓動する。
チェギョンの行動に意味はないのはわかっていたけれど、
その笑顔がその重苦しい気持ちにくぎを刺したように感じて、背中にツツーっと汗が流れた。
―大丈夫。連絡なんか来ない。
心の中で、自分を説得するように念を押して気持ちを押し込めると、
今度こそチェギョンの手を取って部屋を出た。
息を吸い込むと鼻の奥がツンと痺れた。
刺すような冷たさに、握っていたチェギョンの手を僕のポケットに入れる。
「ふぁ~。温かい。・・・シンくんの温もりだね。」
と言って彼女はにっこり笑うから、僕のつられて笑った。
ポケットの中にある、小さなチェギョンの手。
―いつだって、こうしてきみを僕のポケットに入れておきたい。
この世で一番愛おしい存在を、ポケットの中で確かめながら僕は幸せを噛みしめていた。
「ねぇ、シンくん、見て!星があんなに!きれい!
冬は寒いけれど、星がたくさん見えるから素敵だね。」
チェギョンの言葉に夜空を見上げると、
さっき窓越しに見ていたときより、ずっと明るく星が輝いていた。
「・・・そうだな。」
―月なんてなくたって、彼女(=太陽)がいれば、星はいくらでも瞬くんだ。