大切なものは心の中に

チュジフン主演「キッチン」を中心とした作品の2次小説書庫です。

「姦臣」妄想〜月下の舞〜エピローグ

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牛の首を切り儀式を終えると、人々は憑き物が取れたように散り、
それと共に彼女の姿も消えた。
 
まるで幻のような一瞬だった。
しかし、心にじんわりと残る熱が、幻ではないことを教えていた。
 
店の裏では、肉の処理をする男たちがわらわらと牛を運び、
まるでオオカミのようにその皮や肉を剥いでいく。
ザラついた鉄の匂いが辺り一面を覆い、
その匂いから逃れるようにその場を離れると、
返り血に赤く染まった衣を脱ぎ捨て井戸の水を浴びた。
冷たくて顔も身体も凍りそうになるが、
火照りが冷めて、この身の穢れが一瞬清められたような爽快感があった。
 
「!?」
 
身体を屈み顔を洗っていると、不意に頭から手拭いを掛けられる。
それで顔を拭きながら振り返ると、
着替えを持ってきたのであろうソルジュンメが
背後から濡れた背中を無言で拭った。
 
「・・・どうした?」
「別に。どうもしないよ。」
 
彼女は不機嫌そうにそう言うと、ゴシゴシと背中を拭く。
 
「変な奴だ。」
 
機嫌の悪さは適当に流して背中を彼女に任せると、
腕や肩、胸を手早く拭く。
 
ことり。
すると、背中に彼女の頭の重みを感じた。
 
「?」
 
振り返ろうとすると、
彼女は隠れるようにその背にぎゅっと身体を押し付け、
消え入りそうな声で呟いた。
 
「・・・行くのかい?」
「どこへ?」
 
「彼女・・・あんたを捜してたんだね。」
「・・・ああ。そうだな。」
 
「・・・出て行くなら、止めやしないよ。」
「え?」
 
彼女の意外な言葉に、強引に身体をまわすと彼女を見据えた。
 
「なんで急にそんなことを?出て行って欲しいのか?」
「バカ。」
 
彼女は泣きそうな顔で私をひと睨みすると、私の瞳から視線を逸らす。
 
「・・・あんたが知りたがっていた答えはもう見えたんだろう?
だから・・・。」
 
 
 
生きる決意をした理由。
 
ああ、そうだ。
彼女の言う通り、あの瞬間は、確かに私の最も知りたかった「答え」だった。
しかし・・・。
 
俯き肩を震わすソルジュンメに、ふぅっと息を緩ませた。
 
「・・・そうかもしれぬ。
しかし、全て終わったことだ。
両班と白丁、もう、二度と交わることもないだろう。」
「そんな事っ!」
 
「歩く道が違うのだ。
最初からわかっていたことだ。
これからも、彼女は家を守るために生き、
私は・・・私の家族を守るために生きる。・・・私の家族は誰だ?」
「!」
 
瞳を潤ませるソルジュンメをそっと抱き寄せる。
 
「お前は約束通り、答えを見せてくれた。」
「ええ。」
 
「ならば、答えの先は何があるのか見たいと思わぬか?」
「・・・。」
 
「番になった白鷺は、どちらかが死んでも離れないそうだ。
・・・私とお前は夫婦なんだろう?」
 
言葉にならず泣きながら、ただ彼女は何度も首を縦に振った。
 
彼女をぎゅっと抱きしめる。
心の奥にしまっていたダンヒへの想いは思い出に変わり、
胸の中で泣きじゃくる彼女が、今はただ、愛おしくてならなかった。
 
くしゅんっ。
 
「・・・服を着させてくれぬか?
踊って上気した身体も、
さすがにこの寒さの中では風邪を引いてしまいそうだ。」
「・・・あ。」
 
彼女はあわてて身体を離すと、恥ずかしそうに俯いた。
着替えの衣を肩にかけると、もう一度彼女を抱く。
 
「・・・温かいな。
お前とこうしていれば、どんな寒さにも耐えられそうだ。」
「それなら・・・いつまでもこうして温めてあげるよ。」
 
「ああ。」
 
人は一人では生きられない。
 
でも、
辛くても、悲しくても、
凍えるような寒さの中でも、
寄り添うその温もりがあれば乗り越えていける。
 
「それにまだ、ヨウの答えを聞いておらぬ。
その答えを聞くまでは、この身体と心をおまえにやろう。」
 
「あんたぁ・・・。」
胸を伝う彼女の涙が温かかった。
 
「あの子は私たちの子どもみたいなものさ。
きっと納得する答えを出してくれるよ。」
「私たちの子・・・。」
 
その言葉がこそばゆくて、笑いたくなった。
 
生きていくことの奇跡、命の尊さ。
それを身を以て感じ、生を全うすること。
求めていた「答え」の向こうに、新しい道が見える。
 
贖罪を感謝に代えて。
愛しい者たちとともに、前を向いて生きよう。
 
命尽きるまで。


~Fin





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