大切なものは心の中に

チュジフン主演「キッチン」を中心とした作品の2次小説書庫です。

6皿目~二階の秘密2

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「ごめんね、驚かせて。」

僕に笑いかけて、優しく声を掛けてくれた女性は、紛れもなくシン・チェギョン皇后だった。
僕はゴクリと唾を飲み込み、辛うじて頷く。
しかしその隣に立つのは、これまた紛れもなくイ・シン皇帝で・・・。
事もあろうにその皇帝に睨みつけられて、僕は蛇に睨まれた蛙のように竦み上がってしまった。

ーなんで?何で僕が皇帝陛下に睨まれなくちゃいけないんだ?

だけど彼は、そんなことはお構いなしにチェギョンを振り返ると、
「おい、仮にも皇后たるものが、どこの馬に骨ともわからん奴に軽々しく声などかけるな。」と言った。

「じゃあ、皇帝たるものなら、誰かわからない相手に声をかけてもいいの?」
シンの言葉に口を尖らせて反論するチェギョン。

3人の子どもの母親であり、国民から崇められる国母であり、
気品ある微笑みで手を振っているあの皇后陛下とは、とても同じ人には見えない。
だけど見慣れたロイヤルスマイルの彼女より、目の前の彼女の方がずっとキュートだと思った。

ちっ。
シンは舌打ちをするなり、
「お前と同じにするな。僕は不審者に尋問をしているんだぞ。」
と言って、チェギョンを窘める。

そして再び僕を見据えて、「もう一度聞く。お前は誰だ。」と言った。
シンはさっきよりも冷たく鋭い視線で僕を睨みつけるし、
いつに間にか僕の後ろには、黒づくめの翊衛士が控えていて、背中に嫌な汗が流れた。

ーマジかよ。
僕、本気で不審者に間違われているってわけ?

ピンと張りつめた空気に、肌がピリピリ痛んで喉がカラカラに渇く。

その時、今まで動いたことのなかったエレベーターが、ウィーンと動き始め、
それと同時に背後から聞こえてきた信じられないくらい間延びした声に、緊張感が一気に崩れた。

「・・・何?どうしたの?」

上がってくるなり物々しい雰囲気の2階に怪訝な表情を浮かべたドゥレは、僕の姿を見て目を丸くした。

「あれ?ハル、帰ったんじゃなかったの?」
「ド、ドゥレさん、「あれ?ハル・・・」じゃないですよ。
僕・・忘れ物を・・・本を取りに帰ってきたんですけど・・・
一体全体これ・・・どうなってんですか・・!?」

ドゥレの顔を見てようやく声を出すことができた僕は、口をパクパクさせながら、
やっとの思いで、それだけ絞り出した。

「ドゥレ。」

ドゥレはしばらく自体が飲み込めずに首を傾げるけれど、
厳しい声で自分の名を呼ぶシンと僕を交互に見てようやく、「ああ。」と頷いてにっこり笑った。

「ああ、シンはまだ会ったことがなかったね。
彼はハルだよ。この夏からうちにバイトに来ているんだ。」

状況をようやく把握したドゥレは、シンに僕を紹介すると、
シンは僕を品定めするようにジロリと見て、フンと鼻を鳴らした。
翊衛士たちは、シンが片手をあげると、すばやく姿も気配までも消してしまった。

「人を雇ったのか?お前が?・・・珍しい。
しかし、やっと雇った奴がこんなちんちくりんとはな。
本当に大丈夫なのか?誰だと聞かれても名乗れないような人間を雇って。」

ーちんちくりんってなんだよ。ちんちくりんって!

僕は心の中で憤慨するけれど、シンにジロリと睨まれるとやっぱり何も言えなくなってしまって、
自分の情けなさに赤面した。

するとチェギョンはシンの腕をポンと叩いて、
「そんな意地悪言っちゃダメよ。
いきなりシンくんに睨まれて平気な人なんていないわ。」と言った。

僕のことを彼女がかばってくれたことがおもしろくなかったのか、
「こいつはどうなんだ?こいつは最初からずっとこんな態度だぞ?」と言って、ドゥレを指差す。

「僕と比べてどうするのさ。僕はシンこと知らなかったんだし。」
「知らないこと自体あり得なんだ。普通。」

悪びれることなくしれっと答えるドゥレに、シンは益々ムキになる。

「たとえ戴冠前の皇太弟だったとしても、韓国にいて僕を知らないやつがいるか?」
2人のやり取りを唖然とした顔で見ていたら、いきなり話を降られて僕は慌てて首を横に振った。

「そうだろう?、それなのに、その日に韓国に降り立ったのならともかく、
韓国で1年以上暮らしていたんだ、こいつは。」

ーうそっ。
いくらなんでも疎過ぎる。信じられないと言った表情で、ドゥレの顔をみると、

「だって、そういうことに興味がなかったんだもの。仕方ないじゃないか。
僕は面倒臭いのは好きじゃないんだ。と言って、ドゥレは肩を竦めた。

「面倒臭い!?・・・お前は俺のこと面倒臭いと思っていたのか?」
「そういうわけじゃないけどさぁ。
でも、僕の都合はお構いなしに、急にこんな風に押しかけてくるし、いつでも俺様だし、
そういうのはちょっと、面倒くさいかな?って・・・。」

「?!」

ドゥレの言葉にシンは言葉を詰まらせたあと、眉間にシワを寄せて
「・・・だって仕方がないだろう?
僕らには自由に動けないのに、・・・お前は宮に寄り付きもしないし・・・。
だからこうして、公務と公務の間をぬって訪ねてきたというのに・・・。」と言った。

ドゥレの言葉にムキになって反論するシンに、ドゥレはおかしそうに笑う。

「くくく・・・。
相変わらず面白いねシンは。
皇帝になっても全く予想を裏切らない。
わかってるさ、皇帝陛下がどれだけ忙しいかってことくらい。
それでもこうして2人して訪ねて来てくれることを、とても嬉しく思っているよ。」

「お前こそ相変わらず嫌な奴だ。」
余裕綽々で答えるドゥレに、シンはそう吐き捨てると、ふて腐れるように舌打ちする。

「もう、シンくんたら、ドゥレの前に立つと、全く皇帝の威厳なんてなくなっちゃうんだから。」
シンの横で、チェギョンが飽きれたように笑った。

ぷっ。ぷぷぷっ。
チェギョンの言葉でなくても、いい歳をした大人が、
しかも、韓国中の国民が崇める皇帝陛下が、まるで子供のようなじゃれ合いをしているなんて。
夢じゃないかと唖然としていたけれども、
二人のやり取りを見ていたら、すっかり忘れて萎縮していた気持ちが吹き飛んで、
思わず吹き出してしまった。

「ハル?」
「何がおかしいんだ!」

「す、すいません。・・・でも、まるで子供見たいで・・・いい大人なのに・・・ぷ、ぷぷっ。」

「ドゥレ!どういうやつを雇っているんだ?お前は。」

「うん、面白いだろう?ハルって。
ハルは建築科の学生でさぁ、この店の建物が気に入って、うちで働きたいって来たんだ。
僕のことも知らないし、余計なことも全然知らなくて・・・、そういうのは興味もなさそうだったから、
面白いなって思ってさ。雇ったんだ。
実際、とても面白くて、退屈しないよ。」

ドゥレは楽しそうに笑う。
からしたら面白くない理由だけれど、シンは物珍しそうに僕をみて、「ふーん。」と、唸った。

「ハル、忘れ物を取りにきたんだろう?それを持って早くお帰り。
せっかく早く上がれたのに、もったいないじゃないか?」

ーいや、そうなんだけど、
このシチュエーションで、どうやって帰れと?

すると僕が答えるより早く、
「お前は、客がいるのに仕事を放棄して帰るのか?」
と、シンが挑発するように僕にそう言った。
何でかわからないけれど、僕はシンによく思われていないらしい。

「シン、ハルはの仕事はもう終わったんだよ。」
ドゥレはそう言ってフォローしてくれたけれど、売り言葉に買い言葉。

「いえ、着替えてきます。」
そう言って僕は、更衣室に向かった。l