大切なものは心の中に

チュジフン主演「キッチン」を中心とした作品の2次小説書庫です。

6皿目~二階の秘密3

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ガタガタと乱暴に更衣室のロッカーを開けて、白シャツに着替えてエプロンを締める。
ーなんで僕が目に仇にされなきゃいけないんだ?
 
もちろん帰る気はなかった。
帰れるわけがなかった。
だって、誰も使われることのなかった2階の席に、
皇帝陛下夫妻が座っていることだけでも興奮するのに、
いったいドゥレとシンはどんな関係なんだろう?
好奇心が後から後から湧き出して、とてもレポートどころじゃなかった。
 
「いいの?本当に。」
やや興奮に紅潮した顔をあげると、更衣室の入り口にドゥレが立っていて、
複雑そうな顔で僕を見ていた。
 
「いいのって・・・成り行き上仕方ないでしょう?
いいですよ。仕事には違いないし。陛下のいうことももっともだもの。」
 
ドゥレはふっと短いため息をつくと、
「じゃあ、よろしく頼むよ。
・・・シンが誰かということは気にしないで、いつも通りにね。」
と言って更衣室を出て行った。
僕は、ドゥレがなぜそんなことをいうのかよくわからなかったけれど、
言われるままに彼の背中に向かって「はい。」と答えた。
 
もう一度鏡を見て身なりを整えると、気持ちを切り替えて2階へ上がって行った。
配膳エレベーターの中には、もうカラトリーとアミューズが入っていて、
僕はそれを取り出すと、彼らの座るテーブルにそれらを並べた。
 
アミューズでございます。」
 
「これに合うワインを。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
 
僕は、頭を下げてドゥレのところへ向かおうとすると、シンは僕を引き止め、
「ドゥレでなく、お前のセレクトしたワインを持って来い。」と言った。
 
「え?」
「なんだお前はこの店のギャルソンだろう?
ただ料理を運ぶだけのバイトなら仕方がないが・・・。」
 
僕はムッとしてシンを見ると、
「わかりました。少々お待ちください。」と、頭を下げるとワインセラーに向かった。
 
             ***
 
「えっと・・・今日のアミューズは、エビのマリネと玉ねぎのプディングだから・・・」
 
ワインが行儀良く並んだ棚をぐるりと見回す。
正直ワインのことなんてよくわからない。
それでも、「わかりません。」と言えなかったのは、
僕もちゃんとここで仕事をしていることをシンに認めてもらいたかったから。
ようやく築き始めたドゥレとの関係を、否定されたくなかったからだ。
 
ーワインの相性はいろいろあるけれど、
 何をどう選べばいいかわからなくなったら料理の色と合わせるといい。
   料理の色が濃い色なら赤、白っぽければ白という風にね。
 
いつか常連の男性が教えてくれたウンチクを思い出す。
 
「そんないい加減な。」
僕はそう笑ったけれど、彼は「信じるものは救われる」と言って、ワイングラスを僕に掲げた。
 
彼の主張通りなら、僕がイメージする料理の色はオレンジがかったピンク。
僕はゴソゴソと棚を物色して、ロゼワインを一本取り出した。
 
「何してるの?」
「あ、ドゥレさん。」
 
顔を上げると、何時の間にかドゥレがワインセラーの入り口に立って、僕の様子を眺めていた。
 
「陛下に・・・ドゥレさんでなく僕に、アミューズに合うワインを選んでくるよう言われて・・・。」
「ふーん。・・・で、それを持って行くの?」
 
「え?・・・はい。」
ドゥレは僕の掴んだワインを見て、ふーん、と、鼻を鳴らした。
 
「・・・おかしいですか?
急に不安になってドゥレの顔色を伺う。
彼は少し考えた後、ふふふと笑うと、
「ロゼ・ダンジューかぁ・・・まあ、悪くないんじゃない?」と言った。
 
「本当ですか?
「ワインと料理のマリアージュとはよく言ったものだけど、
「結婚」には正誤はないからね。
料理をどんな風に引き立たせるか、そのアプローチ方法はさまざまだ。
要は料理もワインも楽しめればそれでいいってこと。
後はその人の好み・・・だね。
僕はそれを選ばないけれど・・・少し甘めのロゼ・ダンジューは、酸味のあるものとよく合うし、
何よりもフルーティで可憐な味で、食事のスタートとしては適していると思う。
今のハルに合っていると思うよ。」
 
ドゥレにお墨付きをもらって、少しホッとする。
「よかった・・・。
僕、ワインはあまり知らなくて、この店に来るお客さんが注文したワインくらいしか名前もわからないから・・・。
前にお客さんに教えてもらったことを思い出しながら、選んでみたんです。
でも、これでいいのか全然自信がなかったけれど、これで少し自信を持って持っていけます。」
 
僕はドゥレに頭を下げると、急いで2階の部屋に駆け上って行った。
 
「・・・まあ、ずいぶんかわいい「結婚」だけどね。
さあ、シンはハルの選択をどう見るのかな?」
 
僕はともかくシンとのゲームに夢中だったから、
ドゥレがそんな風に、楽しそうに僕の後ろ姿を見送っていたなんて、全然知らなかった。