「姦臣」妄想~月下の舞~12
シンシン・・・
夜のしじまに微かに響く音に耳を傾け、瞼を開けた。
「いつの間にか・・・また、雪が降り始めたのだな。」
「・・・ええ。」
仄かな雪明かりが格子戸を通して、ぼんやりと部屋を照らす。
膝に預けた頭を彼女が撫でる。その細い指の感触が心地よかった。
何も知らないヨウが、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。
「・・・しかし、あの子が・・・ヨウが全てを知ったら、
今日のことを悔しがりはしないだろうか。
・・・仇を「先生」などと呼んだことを悔やみはしないだろうか。」
「どうでしょうねぇ。
それはそのときになってみないとわかりませんけど、
ヨウはそんなことどうでもいいって言うかもしれませんよ。」
ソルジュンメはくすりと鼻を鳴らす。.
「・・・ばかな。そんなわけがあるまい。」
いくらなんでも親を殺した仇を、事実を知ってなお慕うはずがない。
しかしソルジュンメの指は優しく髪を漉く。
「ヨウがね、言ってたわ。
「先生の舞はすごいんだ。綺麗でカッコいい。」って。」
******
「ねぇ、どうしてこの人のことを先生って呼ぶのさ。
なにか教えてもらったのかい?」
意識のないスンジェの床にしがみつくヨウにそう聞くと、彼は首を横に振った。
「ひとりになって・・・怖くて、寂しくて、どうしたらいいかわからなかった。
追い払われて、殴られて・・・・。
いろんな人に会って、優しくしてもらったりもしたけど、
やっぱり怖くて逃げた。
誰にもおいらの気持ちなんかわからない。
おいらはひとりぼっちだって、そう思っていたけど、
先生の踊りを見たとき、よくわからないけれど、救われたような気がしたんだ。
おいらの気持ちをわかってくれる人がここにいたと思ったら、嬉しくて涙が出た。」
「ふぅん。」
「おばさんは、先生の踊りを見たことあるかい?」
「・・・いいえ。」
見たことがあるわけなかった。
だって、彼の舞は恐らく彼の心の吐露だ。
私のいるところで、彼は決して踊りはしないだろう。
この子に対する彼の無防備さに嫉妬さえ覚える。
しかしヨウは、うっとりとした目で頬杖をついた。
「本当にすごいんだぁ。」
「でも、この人、足が悪いのよ?」
「うん。でも、それがいいんだよ。
悲しくて、優しくて、泣きたくなるんだ。
ああ、おいらもあんな風に踊ってみたいなぁ。」
******
「・・・戯れに踊った調子っぱずれな舞を?」
ソルジュンメの話に、思わず起き上がる。
あのような舞は、人に見せられるものではない。
道化のような見苦しい舞だ。
「でもあの子は、その舞を通して、あんたの心に打たれたんだよ。」
「・・・。」
「いくら足を引きずったって、かつてはあの王をも魅了した掌楽院提調様だろう?」
「やめてくれ。それこそ過ぎたことだ。」
「そんなことない。
あんたの歌と舞は、宮廷で有名だった。
率直で歯に衣を着せない歌と鋭い舞は、王様も一目置いていたって。
あんたの舞を私は見たことないけど、
足が一本悪いくらいで、だめになんかならなりゃしないよ。
だってあんたは、あの子の家をめちゃめちゃにしたかもしれないけど、
その舞で、悲しみに勝る夢をあの子に与えたじゃないか。」
「私が・・・?」
「そうだよ。あんたの舞は人に感動を与えられる。
見る人に生きる力を与えられるんだ。
王を魅せたように、今度はここで暮らす人たちを魅せておやりよ。
それこそが、あんたがやるべき償いじゃないのかい?」
「あ・・・。」
それは願ってもないことだが、この足で踊る見苦しい舞でも、
人々に幸せをみせることができるというのか?
信じがたく、ソルジュンメの顔を見る。
すると、彼女は「やってみりゃわかることさ。」と言った。
心の中で、何かが弾ける。
身体の中から力が湧いてくるような気がした。
「・・・私に・・・出来るだろうか?」
「できるさ。
そして、この子にも教えてやりなよ、生きるための力を。
盗みや施しでなく、人を喜ばせ、夢を魅せて生きる術を。」
真っ暗な部屋に弱々しい光が差し込み、徐々に白みがかる。
軒先から、ドサリと雪が落ちる音が聞こえた。
「う、うーん。」
ヨウがゴソゴソと動き出し、
スンジェが床にいないことに気がついて飛び起きた。
キョロキョロと辺りを見回す。
「先生!」
視線の先に自分を見つけて思わず涙ぐむヨウが、
あまりに愛らしく感じて、「誰が先生だ。」と笑うしかなかった。
この子も、いずれ事実を知る時が来るだろう。
その時求めるなら、自分の命を渡してやればよい。
今、この子に必要なのは、生きる力なのだ。
真白な地を飛ぶ白鷺は
何を探して飛び続ける
覆い隠された雪の下を思いつつ
番となる一羽とともに、やがて来る春を待たん。
巣から落ちし雛を抱き
寄り添うてこの寒さを凌げん
いずれ雛が鷹になろうとも。