大切なものは心の中に

チュジフン主演「キッチン」を中心とした作品の2次小説書庫です。

「姦臣」妄想〜月下の舞〜9

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夜の御座敷の為に支度をしていた私のところに、
どこから入ってきたのか、豆鉄砲のように飛び込んできて驚いた。
 
「おばさん!先生が!」
「おばさんって・・!失礼な子だねっ。一体どこから入ってきたんだい?
・・・おや、あんた、怪我してるじゃないか。」
 
よく見ると、殴られたのか、衣にあちこち血が滲んでいる。
具合を見ようと手を出すと、その子はさっと身を引き、逆に手を引っ張った。
 
「こんなのはどうでもいいよっ!早く!早く!
先生が殺されちゃう!」
 
「あ、こら!・・・だから先生って誰なんだい?
あんたの先生なんか私が知りっこないだろう?」
 
「よくきてたじゃないか!先生のところに!
あんた、先生のことが好きなんだろう?
先生が死んじゃってもいいの?ねえっ!」
 
「もしかして、大監?・・・・あんたがいつも引っ付いてる
・・・左足の悪い男のこと?」
 
激しく頭を縦に振る。
その瞬間、頭の後ろがガーンと熱くなった。
 
「なぜ?・・・いや、ど、どこなの?」
「ジョンを1枚拝借したのを見つかって追いかけられていたら、
先生が・・おいらを庇ってくれて・・・市場を抜けた角だよ!
なぁ、助けてくれよ!早く!」
 
「え、ええ・・・誰かいるかい〜っ!?」
 
震える声で店の奥の人を呼ぶと、慌てて店を飛び出した。
 
 
 
「・・・大監がこの子を庇うなんてねぇ。
私のことは見向きしないのにさ。何だか妬けちまうね。」
 
背中に回り、包帯を解きながらそう言うと、
彼女は手荒に肩の傷に薬草を載せた。
 
「っっつ!」
 
思わず痛みに顔を歪ませるが、
彼女は構わずぎゅうぎゅうと包帯を巻いていく。
そして巻き終わると、その手をそのまま、
背中に残る火傷の痕をなぞりながら、
震える声で「もう、いい加減にやめましょうよ。」と言った。
 
「・・・。」
 
「こんなことして何になるんですか?
毎日毎日、あてどもなく歩き回り、心も身体傷めつけて・・・。」
 
「・・・。」
 
「大監の気持ちもわからないでもないけれど、
でも、だからって悲しみを背負って
無為に生きることが何になるって言うんですか?
・・・あんたが苦しめば苦しむほど、あんたを助けたことを後悔してしまう。
私があんたを傷めつけているようで・・・。」
 
そう言うと、彼女は声を詰まらせた。
 
「それならどうしてまた助けた?
・・・どうしたら赦されるか、どうしたら償えるのか、
毎日、毎日、見えない出口を探してもがき苦しみ・・・。
それが罪を償うための報いだと思わなければ・・・どうしろと言うのだ。
命を差し出す事も、苦しみもがくことも償いにはならぬというのなら、
どうしたらいいのだ?
私を生かして、何をしろと言うのだ!?」
 
自分がしていることは無駄なことだとわかっていた。
しかし、こうしてひとり生き長らえて、
生を全うすることも、命を絶つことも憚れて、
生と死の狭間でもがけばもがくほど、どうしたらいいのかわからなかった。
 
ソルジュンメは、そのまま頭を背中にもたげ小さなため息をついた。
彼女の息が背中に零れ落ち、ころころと転がっていく。
それがどういう意味を持つのか、ただ黙って、彼女の声に耳を傾けた。
 
「・・・ねぇ、この子、ヨウって言うんですけどね、
父親も母親も死んじまって、孤児なんですよ。
父親は成均館の文官だったって。
・・・まぁ、嘘か本当かわかりませんけどね。
母親は彩虹社に連れてかれて・・・弟がひとりいたんだけど、
まだ乳飲み子で、母の乳を欲しがってずっと泣いてたんだって。」
 
ー「突然役人がやって、父上を捕まえ、家中のものを壊して行ったんだ。
       弟もどこかへ連れて行かれて、おいら、怖くて、怖くて逃げたんだ。
       後で、こっそりうちに帰ったけれど、もう何も残っていなかった。」
 
ヨウと話をした時のことを彼女は独り言のように呟く。
その話を聞いて、ヨウの父親の顔がはっきり浮かんだ。


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成均館大司成!

反逆罪の汚名を被り、大射礼で王の矢に打たれ、
彼の命乞いのために、王の股間に顔を埋めた妻は、
王を恨みながら、その場で王の刀で自害した。
 
そう仕組んだのは私だ!
大司成の妻を徴した時、
彼女から奪い抱いた赤子の顔がまざまざと目に浮かんだ。
あの赤子も、もう、おそらくこの世にはいないだろう。

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役人の手から逃れはしたものの、哀れに白丁となり、
帰る家もなく、生きるために盗みを働くヨウ。
 
布団に転がりスヤスヤと眠る彼を、まざまざと見る。
 
自分の犯した罪が、突然具体化して目の前に現れ、
その重さをようやく実感した。
 
 
 
ぅおおおおお・・・。
 
こみ上げる慟哭に吐き気を催し、廊下に飛び出すと、
そのまま、外にゲーゲー吐き出した。
 
自分の悍ましさに身の毛がよだつ。
あの子のそばに自分がいることが恐ろしくて、そのままその場に崩れた。